SHUSAK

廊下の向こうは眠り

Chelsea·1,326·投稿 2026.04.23·更新 2026.04.23

私は眠れないとき、真っすぐな道を想像する。都会のビル街でも、田園風景でも、とにかく真っすぐ歩く。何も考えず、ただ歩く。たまに景色が変わって、ぐにゃぐにゃに歪んだりファンシーにきらめいたりする。連想ゲームみたいに変わっていく景色をただ享受して、やがて夢の世界に落ちるのだ。 その日は、廊下だった。 廊下を歩いていると、扉がいくつも現れた。 ひとつ開けるたびに、違う夢が覗いてくる。海、森、空中都市。 まるで旅行代理店のカタログを捲っている気分になって、柄にもなく自分からあちこち扉を開けていく。 「本日はどちらにされますか?」 ここの案内人、のように思える。 「当たりってあります?」 そう尋ねると、彼はウィンクをした。 「どれも当たりですよ。起きるまでの一夜を楽しめるなら」 思わずくすっと笑いながら、私は次の扉のノブを回した。 そこには見慣れた街角が広がっていた。 ふしぎなことに、日常もまた、夢のひとつに数えられているようだった。 どの扉を選ぼうか決めかねていると、背後から声がした。 「迷っているの?どの夢も素敵なのに」 振り向くと、月色の羽織をまとった女性が立っていた。 月色とはなんぞや、という話だが、金でも銀でも黄色でもなく、ただ月色であった。瞳には眠気を誘うような光を宿している。 彼女は私の手から扉のノブをそっと外し、代わりにひとつの小さな銀の鍵を握らせた。 「夢はくじ引きでもあるけれど、ときには選んでいいのよ。あなたが安心できる眠りを、今夜は自分で選んでみて」 そう囁いた声は、子守唄のように優しく、しかし背筋を撫でる冷たい風だった。 目の前の扉に適当に鍵を差すと、扉がダークオークから静かな白に変わった。 「またいらっしゃい」 ぽん、と背中を押される。ふわりとムスクの香りがして、私は扉の向こうに飛び込んだ。 きっとあの真っすぐな道は、ここに至るまでの旅路であったのだ。 扉の向こうには、花畑が広がっていた。白い花びらが雪のように降ってきて、足元に積もると柔らかい絨毯になり、歩くたびに微かな音楽が流れる。 花の名前には詳しくないから、自分が何を踏みしめているかはわからない。だけどどこか良い気分だった。 寝転がって、海外の映画でよく見る『天使のやつ』をやる。手足をバタバタさせて、雪で天使の形を作るやつ。ふかふかとした花から普段使っている香水の香りがして少し安心した。 それから私は時間を忘れて好きなだけ遊んだ。スマホもPCもまったく気にならなかった。インターネットに触れるくらいなら、この純白に包まれていたい。 ふと、指先がはらりと剥がれ落ち、床に散ったかと思えば、次の瞬間そこから白い花が芽吹いた。 その花びらは風もないのにひとりでに舞い、私の手へとまとわりついていく。 やがて指全体が花びらに呑み込まれ、どこまでが自分で、どこからが花なのかわからなくなった。腕が茎になり、最後には全身があの白い花へと変わっていく。 その変化は恐怖ではなく、穏やかな解放のようだった。 視線を落とすと、もう一人の自分花になった私が、静かに揺れていた。 『私の苦しみはこの花として生まれ落ちたのだ』 そう気づいた瞬間、世界は真っ白に溶け出す。 私は、花畑の一部として風にそよぎ、完全に夢へと沈んでいった。


WRITTEN BY

Chelsea

軽妙な会話劇、キャラクターの立った物語が好きです。 140字ss、掌編など。


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