パラララックスパララックス
サトルから「心スポ行こ」とメッセージが入ったのは昨日の夜のこと。そろそろ来るだろうなという予感が当たって一人で得意げになったのは今朝のこと。そして今、夜。心スポこと正式名称は心霊スポットに向かう途中。 今年はサトルと出会って三年目の夏で、大学三年生の夏で、心スポに挑戦するのはこれが三度目だった。一年に一度の心スポチャレンジはわたしとサトルの恒例行事みたいになっている。といっても、わたしたちが心スポにたどりつけたことは一度もない。わたしが方向音痴なのか、サトルが迷子の天才なのか、最初に行こうとした廃墟も、二年目に行こうとした廃モーテルも行く途中で迷ってしまい、結局建物を見ることさえできなかった。 そんな残念なわたしたちが今年こそはと向かっているのが、大学から歩いて一時間ほどのところにある池だった。心スポに詳しい友人によると、そこには坊主の幽霊が九人控えていて、取り憑いたりはしないけどバス停までお見送りしてくれる、とのことだった。うそくさかったからネットで調べてみたら案の定坊主の話は出てこなかった、けど池自体は星四つレベルの心スポらしい。髪の長い女の幽霊がなんちゃらというありがちな心霊体験がネットに数件書き込まれていた。坊主がいないのはつまんないけど、星四つの心霊体験が待っているのかと思うとやっぱりどきどきして、怖くて、取り憑かれたらとか考えちゃって身体が熱くなってくる。 熱をあげているわたしの横には、ふれっしゅふれっしゅふれ〜っしゅと微熱気味に歌うサトルがいて、「ごきげんですね」と言うとへらっと頭の悪そうな笑顔を浮かべた。「だって、心スポに行くんだからな」 心霊池へ向かう途中、コンビニでインスタントカメラと天然水と一粒三百メートルを買った。心スポに行くときは必ずインスタントカメラを買って写真を撮るようにしている、けど、そういえば一度も現像したことがなかったな。前のカメラどうしたっけ。考えながら俯くと、わたしもサトルもNのアルファベットが主張するスニーカーを履いていて、八つのNがわたしたちの足元で街頭の灯りを反射していた。 「こないだのゼミの飲み会がちょーおもろくってさあ、聞いてよ」 まーたゼミの話かよ。顔をあげてしまったことを後悔しながら真面目に聞いてあげるけど、サトルはいつも通り、一方的。ラジオのパーソナリティみたいに、ゼミの飲み会であったおもしろくないおもしろエピソードをたらたらと垂れ流す。電波に乗っているわけでもないのに、たまにノイズがかかって耳を塞ぎたくなった。その話、わたしにしなくてもいいじゃん。わたし、そこにいないし、サトルのゼミの人知らんし。 ふたりきりで話しているはずなのに、サトルの口からは知らない人の名前が次々出てきて、何がおもしろいのかわからなくてまたノイズがかかる。わたしはここにいてサトルの話をいちばん近くで聞いているのに、サトルの隣にいないみたいでとても心地悪い。 一粒三百メートルを舌で転がしながら、タイミングよく相槌を打つゲームに興じる。うん、うん、へー、あー、ね、そう。鈍感なサトルは自分がゲームにされていることに気づきもせず、つぶやきを垂れ流している。わたしは、ここにいるんだけどな。 サトルの顔を見ても、サトルの目に映るはずのわたしが見えなかった。どの角度から見ても真っ暗な瞳は夜に染まっている。やっぱり、わたしがいない。 もしかしてもしかすると、幽霊はわたしなのかもしれない。だからサトルの目に映らなくて、サトルの話し相手にもなれなくて、長くて黒い髪の毛を夏の夜の風に靡かせて変な音を出すことしかできない。うん、うん、そう、えー、そう。そうなのかもしれない。そうだったら、いいのに。 こずえ、と名前を呼ばれてわたしは幽霊から人間になる。浮遊している足を掴まれて地面に叩きつけられたような気分だった。わたしの名前を呼んだサトルの声はとても鮮明。 サトルはカメラを構えていて、ファインダーを通してわたしを見ていた。いつのまに、と思ったけどさっきサトルに渡したのかもしれないし、ずっと前からサトルが持っていたのかもしれない。そんなことよりも自分がどんなふうに映っているのか気になっていけなかった。サトルの目に写るわたしを見たいと思ってしまう。 「はいチーズ」 シャッター音に切り取られながら、フラッシュが光らなかったことに気づく。「サトル、フラッシュ忘れてるよ」と言うと「あ、やべ」なんて言ってへらへら笑うから、なんかもうどうでもよくなって。写ルンだと思っていたわたしの姿は結局カメラにもサトルの目にも写らなくて、なくて、真似してへらへら笑うことしかできなかった。 フィルムを巻き上げながら、ふらっしゅふらっしゅふら〜っしゅと陽気に替え歌を歌うサトルからカメラをひったくる。 「識、こっち見て」 「標? なに? 幽霊いた?」 「いないよ」 幽霊はいないけれど、ファインダーのなか、サトルの背後に通行止の標識が幽霊のようにぼうっと伸びていた。鳴くように反射する赤い罰印はわたしたちの足元のNみたく行き場を失くしている。
WRITTEN BY
戸塚由絵感想
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